さくらもち








 長かった冬もようやく終わり、新しい季節を迎えようとしている頃。とある国のとある森、どうぶつと人が暮らす田舎の村では、住人がそれぞれ準備を始めていた。春物の服を引っ張り出して着替える者、部屋の模様替えを始める者、家の回りに新しい花を植える者と様々である。そんなある日の昼下がり、赤い髪留めに付いた鈴を鳴らしながら、鼻歌交じりに村を歩くしずえの姿があった。彼女は大きな紙袋を抱え、村の憩いの場である喫茶店へと入って行く。

「こんにちは、マスター。今日もキッチンお借りしますね」
「……どうぞ」

 常にポーカーフェイスなハトのマスターは、コーヒーカップを洗いながら頷く。深い色の羽根が表すように、常に物静かで落ち着いた人物である。しずえはエプロンを着けてキッチンに入ると、紙袋に入っていた物をテーブルに並べ始める。小麦粉などの粉を数種類に、砂糖、粒あんとこしあん、そして緑色の葉っぱがたくさん。これらは全て、これから彼女が作るお菓子の材料である。準備が終わると、しずえはメモに目を通しながら、計量した小麦粉と砂糖をボウルに入れて水で溶かし、食紅を混ぜて淡いピンクになるよう色を付ける。それをフライパンで焼いて薄い生地を作ると、小さな手で丸めた餡を生地で包み、出来上がったものに葉っぱを巻き付けて完成したのが、桜餅である。

「よーし、出来上がりっ、と。マスター、味見してもらえますか?」

 しずえが言うと、洗い物をしていたマスターは手(というか翼というべきか)を止め、しずえが作ったお菓子をつまんで一口ついばむ。

「……いいんじゃないでしょうか」

 そう言うとマスターは桜餅を全て平らげ、クチバシの端に餡を付けたまま洗い物に戻ってしまった。しずえも自分で味見をしてみるが、我なから完璧な味付けだと思わず手を叩いて喜んでしまう。そうして何個か桜餅を作っていると、喫茶点のドアを開ける音がした。カラン、という鈴の音と共に店内へ入ってきたのは、太い眉毛の白犬――放浪のミュージシャン、とたけけその人だった。普段はDJ,KKとして、ライブハウスで演奏する前に来る事が多いのだが、今日は帽子やメガネを付けておらず、とたけけ本人としての来店らしい。

「……いらっしゃい」
「あっ、いらっしゃいませー!」

 余分な愛想がないマスターに続き、明るく元気なしずえの声が店内に響く。それがあまりにも対照的で、しずえが店にいるときに来店した村の住人は「店を間違えたかと思った」と後に語ったという。

「や、やあ。店を間違えたのかと思ったよ」

 と、とたけけも例に漏れず同じ台詞を呟きながら、少しだけ驚いた様子でカウンターの席に腰掛ける。エプロン姿のしずえに珍しそうな視線を向けながら、とたけけは言う。

「マスター、いつものを」
「……かしこまりました」

 たったこれだけの会話で、マスターは豆を選びコーヒーを淹れ始める。しばらくして、香ばしい匂いを漂わせたコーヒーがカウンターに置かれる。ミルクと砂糖は入れないブラックが、とたけけの好みである。彼はまず香りを味わった後、口を付けて一息つく。

「うん、相変わらず美味しいな。マスターのコーヒーを飲むとホッとするんだ」
「……どうも」

 少ない言葉を交わした後、とたけけはカウンターの向こうにいるしずえに声をかけた。

「ところで、キミはここで何を?」
「これはですね……あっ、そうだ。とたけけさんもどうぞ」

 そう言ってしずえは、出来たばかりの桜餅をお皿に乗せ、彼の前に差し出す。

「これはキミが作ったのかい?」
「はい、マスターにキッチンをお借りして」
「へえ、そうだったのか」

 とたけけは桜餅を一口で食べてしまうと、コーヒーを軽く飲んで頷く。

「うん、美味しい。ちょうどいい甘さでコーヒーにも良く合うよ」
「わあ、良かった。ありがとうございます」
「しかしなんでまた、こんな事をしてるんだい?」
「ほら、もうすぐ桜が満開になるじゃないですか。そしたら村中のみんなで集まって花見をしようと思うんですけど、その時にこの桜餅を配ろうと思いまして。それでマスターにキッチンをお借りして、作り方や味付けの練習をしてたんです。今の食べてもらった桜餅の他に、上方風っていう違う種類の桜餅もあるみたいで、リセットさんなんかはそっちの方がいいって言うから、これから練習を――」
「……しずえさん、ひとつ質問していいかな」
「あっ、すみません。自分ばかり喋っちゃって……それで質問ってなんでしょうか?」

 しずえは慌ててぺこりとお辞儀をすると、小首を傾げてキョトンとした顔をする。

「村長の秘書っていうのは、そんな事もやるものなのかい?」
「ええっと……そういえば、秘書ってこういう仕事だったかしら」

 自分で言いながら考え込むしずえに、とたけけも苦笑する。

「役場の仕事は休みがないって聞いたけど、本当に大変そうだね」
「ええっ、そんな事ありませんよ。村のお仕事は村長さんがうんと頑張ってくれてますし、私もこれくらいしないと。それに村の皆さんが喜んでくれると思えば、結構楽しいんですよ」

 明るい笑顔を浮かべるしずえを眺めながら、とたけけは再びコーヒーを口に運ぶ。それから少し間を置いて、とたけけは穏やかな眼差しを向けて言った。

「……偉いなキミは。僕も影ながら応援させてもらうよ」
「あわわ、ありがとうございますっ」

 思ってもみない言葉を聞いて、しずえはあたふたと手を振って顔を赤くする。

「そうだ、この桜餅の代金は?」
「お金なんてとんでもないです。お願いして味見してもらったんですし」
「じゃあ他になにか、僕にしてもらいたい事はあるかい?」
「そ、そんな気を使って頂かなくても大丈夫ですよ。むしろこっちがお世話になってるくらいで」
「ふむ、そうかい……」

 とたけけは少し残念そうに呟き、なにやら考え事をしているようだった。少し気まずい空気を変えようと、しずえは話題を変えることにした。

「そ、そういえば今日は土曜日でしたね。後でとたけけさんの歌、聞きに行こうっと。普段のDJもいいですけど、私はギターと歌の方が好きなんですよ。今夜もリクエストしていいですか」
「もちろん、いつでも歓迎するよ」
「はい!」

 小気味良い返事の後、しばらく雑談をしてから、とたけけは店を出て行った。しずえは桜餅作りを再開し、全て終わる頃にはすっかり日が暮れていた。喫茶点を後にしたしずえはライブハウスへ足を運び、とたけけの演奏を聴いてから自宅へ戻り、一日を終えた。




 翌日も村はいつも通りに平和だったが、少しだけいつもと違う事があった。朝早くから村長が村中の家を訪れ、何事か伝えて回ると、住人たちはせわしなく村を行ったり来たりし始めた。不思議に思ったしずえが、すれ違った住人にその事を訊ねても、なぜか言葉を濁してそそくさと立ち去ってしまう。変だなと思いつつ数日が過ぎた頃、とうとう村の桜は満開となり、ついに春本番がやってきた。

「みなさーん、今日は花見の日ですよー! めいっぱい楽しんでくださいねー!」

 しずえのかけ声で、春祭りも兼ねた花見が始まった。風も穏やかで、胸の空くような快晴である。村の公園にはたぬきちが声をかけた商店街の人々が屋台を出し、焼きそばやポップコーン、はたまたリンゴ飴といった食べ物のいい匂いが漂ってくる。しずえは用意したテーブルに手製の桜餅をずらりと並べ、村人に次々と配っていた。しずえの桜餅は好評で、あっというまに全部無くなってしまい、もっと作ってくれとせがまれるほどだった。一段落し、少し休憩しようと思った矢先、しずえは村長に呼ばれ、腕を引っ張られて宴会の真っ只中に連れてこられた。村中の住人が集まる会場の中心に引っ張り出され、しずえは不思議に思って回りを見る。

「あの、皆さんどうかしましたか?」

 住人たちはみんなニコニコとしており、なにやら後ろ手に隠し持っている。そして村長が、片方の端が桜の木に結びつけてある大きな布を広げると、そこに大きな文字でこう書かれていた。

『しずちゃんいつもありがとう! 村人一同より』

 大きな文字の回りには、サインペンで住人の似顔絵が小さく書いてあり、それぞれの近くに住人からの感謝の言葉が書かれていた。驚きで声を出せずにいると、誰かが「せーの!」とかけ声を上げ、それと同時に盛大なクラッカーが鳴り響き、紙のシャワーや紙吹雪が舞い散った。それから次々にラッピングされたプレゼントを渡され、抱えきれないプレゼントに囲まれたまましずえは呟く。

「あっ、あのう皆さん、これは一体……?」

 頭に小さな紙やテープを乗せたまま、あ然としているしずえに、住人の一人であるグレオが言う。顔に傷のある、ちょっと怖い風貌と口調のブタであるが、実は話の分かる気さくな男である。

「ほら、俺たちいつもいつも世話になりっぱなしだろ? だからたまにはみんなでお礼しようって事になったんだよ。ま、そういうわけで座った座った」

 用意された椅子に座らされたしずえを、村の住人が囲んで見守るという状況だったが、これから何が始まるのか知らされていないしずえは、ただ戸惑うばかりである。すると桜の木の陰から、聞き覚えのあるギターの音色が響き、太い眉毛の白犬が姿を現した。

「やあ、こんにちは」
「あっ、とたけけさん! どうしてここに?」
「僕が村長からみんなに頼んでもらったんだよ。たまにはみんなで、頑張り屋のしずえさんに何かしてあげようってね」
「う、うう……そうだったんですか。あ、ありがとうございます……!」

 両眼に涙を浮かべ、嬉しそうにしずえが声を詰まらせると、髪留めの鈴がチリンと鳴る。

「これで少しは、この間のお礼が出来たかな?」
「もう充分すぎるくらいですよう。なんだか私、胸がいっぱいで」

 小さな手で両眼を拭うしずえに、とたけけは微笑みかけてギターの弦を爪弾く。

「今日は特別に、新曲を作って来たんだ。聴いてくれるかい?」
「はい、喜んで!」
「キミのために歌おう。曲名は――」

 奏でられる旋律から浮かび上がるのは、暖かな春の情景。
 それはしずえの桜餅と同じにほんのり甘く、優しい桜色に染まっている気がした。
 花見は日が暮れるまで続き、誰もが今日の終わりを惜しんだという。








 ちくわぶ様より誕生日祝いの素敵な小説を頂きました!
 なんというほのぼの…! しずえさんもとたけけもマスターも住人達も皆とても素敵です!
 読めば読む程その光景が目に浮かび、そしてとたけけの優しさに、心が春の様にポカポカしました…!
 ちくわぶ様、有難うございました!





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