土曜日の晴天の夕暮れ時








 とたけけは1匹、街を歩いていた。アコースティックギターを背負い、バス停へ向かっている所である。
 今日は土曜日で、今の時刻は午後5時半頃。空はオレンジが数本の境界線となり、軈ては夜の藍青色に包まれてゆく。
 毎週土曜日は、ある村へ行くことになっていた。村人達は、彼のギターと歌を待っている。自分の歌を心待ちにしてくれているのは、それは嬉しいことだ。特に、良く聴きに来てくれるあの子に毎週会えると思うと、今でも密かに微笑を零してしまう。
 そして街の広場へと足を踏み入れた。そこで彼は、とある少年を目にした。

「良かったら靴磨いてかねえか? 安くしとくよ」

 セピア色を基調としたつなぎにキャスケットを被り、少し汚れた白いハンカチを握った、スカンクの少年である。彼を目に映すと、同じリズムで進めていた足並みをピタリと止めた。

(彼は確か……)

 彼の名前を思い出そうとした時、その少年もこちらを振り返った。

「……あ!」

 彼は急に声を上げると、椅子代わりに座っていた数段の階段から立ち上がり、こちらまで駆け寄って来たのだ。いきなりの彼の行動に少しまごついてしまったが、何か用なのだろうかと、目をぱちくりさせながらもその場を動くことは無かった。

「なあ、アンタ、とたけけって言うんだろ?」

 多少生意気そうな語調で問うて来たが、とたけけは特に気にしなかった。名前を聞かれたら、素直に答えるだけである。

「そうだよ」
「おぉ。噂のとたけけに会えるだなんて感激だなぁ」

 少年はそう言いながら目を細めた。見た所、本当に彼は嬉しそうに見えた。何だか解らないが、こちらは困った様に眉根を動かし、口端を上げていた。

「何か用かい?」
「そうそう。オレ一度とたけけの歌を聴きたかったんだ。良かったら聴かせてよ。お礼に靴磨いてやっから」

 その気持ちは嬉しいのだが、自分はこの通りの姿だ。言う迄も無く、靴も履いていない。スカンクの少年はとたけけの足下をちらりと見ると、案の定と言うべきか、知っていての態とか、少し困った様に顔を顰めキャスケットに手を置く。

「あれ、靴履いてないのか。まいったな……」
「いいよ。僕の歌を聴いてくれるだけでも嬉しいから」

 そう言いながらとたけけは優しく微笑む。それでも未だに相手は蟠った気持ちみたいだが、暫くすればへらっと笑う。

「へへ、ありがとな。じゃあここに座ってよっ」
「ううん。こっちの方が落ち着くから。そこは君の特等席だろう?」

 少年が指し示した階段とは向かい側に、丁度置いてある木箱の高さが自分に合っていた。そこへ腰を掛け、背中のギターを前へと持って来、組んだ足に乗せて固定する。
 少年は、それじゃあ遠慮無くと、階段の一段目に座った。

「何かリクエストはあるかい? 今の気分でも言ってくれたら、それに合った歌を歌うよ」

 音を軽く鳴らしチューニングをしながら、とたけけは相手に尋ねる。少年はそれを聞くと腕を組み少し考え、

「うーん……どうしよっかな……じゃあ、とたけけに会えたからご機嫌って感じかなっ」
「オーケー、解ったよ」

 片目を閉じながら返事をし、改めてギターを構えると曲名を上げた。

「それじゃあ、ご機嫌な君にこの歌を送るよ。けけマーチ」

 そして早速ギターを弾き始めた。ジャンルがジャンルであって、愉快な行進曲リズムで始まる。
 聴いている少年も乗って来、小さな足をリズムに合わせて揺らしていた。
 そしてとたけけは口を開き、歌い始めた。器用に指を動かし、気持ち良く弾き語りをしている。
 通行人が時折とたけけを見ていたり、待ち合わせているであろう者も、彼の歌に振り返り、気付いたらと言っても良い程に体を揺らしていた。

「どうも、ありがとう」

 歌い終え、軽く頭を下げたとたけけに、少年はパチパチと拍手を送った。

「凄い良かった! 噂に聞いた通りだ」

 感謝の言葉を述べながら微笑んだ後、とたけけは彼の顔を改めて見てから、次の言葉を作る。

「君がシャンクだね?」

 そう言うと、少年──シャンクの打っていた手が止まった。それはつまり、合っていると判断しても良いかなととたけけは思った。

「何で解ったんだ?」
「今から向かう村に喫茶店があるんだけど、そこの常連客が、良く君の話をしているんだよ」
「……え?」

 何故かシャンクは言葉に詰まった。とたけけは、その反応が気になった。

「その常連客って……どんな人?」

 何故彼がそう訊いて来たのかは解らないが、取り敢えずその子の名前を上げた。シャンクは少し黙っていたが、その無言こそが驚天の意を示していた。

「オレんとこにもいつも来るんだよ。良くとたけけの話してるんだ。だから、一度会ってみたいなぁって、思ってたんだ」
「そうなのかい?」

 少し意外に思った。あの子の話に良く出て来る、互いのこと。
 シャンクに靴を磨いて貰っている間は、とたけけがサタデーナイトにいつも歌を聴かせてくれる話。
 とたけけライブ中は、シャンクがいつも靴を色んな色へと磨いてくれる話。
 これって偶然? それとも、必然だったのだろうか?
 いつも街を歩いていたけれど、もしかしたら擦れ違っていたかも知れない。擦れ違っていただけで、意識とかはしなかったかも知れない。でも、あの子がいつも話をしてくれていたお陰で、少しずつ気になり出して、そして今日の土曜日。彼らはこうして会った。
 色々な人達の為に、相手の好きな歌を歌ってあげている。色々な人達の為に、靴を磨いて、御気に入りの色へ変えてあげている。其の中でも、あの子が良く来てくれていた。
 自分達はこんなことしか取り柄が無いかも知れない。それでも、あの子はいつも笑顔で感謝をして、また来るねと言ってくれる。その喜びを、二匹は秘かに胸にしていた。

「何か、嬉しいな。とたけけみたいな人に会えてさ」
「……僕も、だね」

 少しずつ打ち解けてゆく二匹。
 これからも、自分達のこの取り柄で、人々の為になれたらと望んでいる。それは、いつまでも……。

「そろそろ行かなきゃ。ライブの時間になるからね」

 とたけけは立ち上がるとギターを背負った。

「次はとたけけの番、だな」

 シャンクは階段に座りながら、彼へウィンクを送った。とたけけもそれを返すと、バス停へ向かい歩を進めていった。
 昼間はシャンク、夜はとたけけ。自分達を待ってくれている皆の為に、あの子の為に、自分達は自分のことをしてあげる。それが、今の二匹の、小さな幸せだったりした。
 土曜日の晴天の夕暮れ時のことだった。










 ──Fin──








 【後書き】


 ここまで読んで頂き、有り難う御座います。
 とたけけとシャンクの出会いみたいな感じを書いてみました。無論、妄想100%で御座います。

 とたけけは流離のミュージシャンだと良く言われてますが、街を歩いてても良いじゃないか! と言う思いから生まれました。
 しかしシャンクの口調が未だ掴めてないって言う……彼の一人称って何でしょうか? 口調からして『オレ』をイメージしましたが……違ったら言って下さい。
 あの子とは勿論、主人公のこと。女の子とも男の子ともとれる様にしてみました。

 話が上手く纏まっていないかも知れませんが、個人的に最後まで書けて良かったと思ってます。
 それではこの辺で失礼します。