Taste








 珈琲の香りに包まれる喫茶店で奏でられたクラシックギターの音は、時計が0時の針を刺した頃と共に静寂になる。
 ライブが終わり、喫茶店から去っていった客達を見送った後は、とたけけの時間から、とたけけ自身の時間に変わる。マスターの入れた、ピジョンミルクが蕩ける珈琲を片手に、マスターと二匹きりで交わす四方山話。とたけけにとっては、ライブが終わった後の安らぎの一時である。
 明日も別の村でライブをする予定が入っている。粗方毎日スケジュールが入っている為に、この時間は貴重だった。

「お疲れ様でした」

 マスターの声と共に差し出された、珈琲。磨き抜かれたカップの色のお陰か、珈琲色がより映える。
 ここの味は、いつ来ても変わらない。とたけけの口にいつも合う味だ。

「……美味しい」
「サブレも良ければ、食べます?」
「有り難う」

 マスターは客の好みに合わせ、入れる珈琲の味を変えていると言う。その味は微々たるものだが、どうやら違うらしい。此処に来る客達は色々な話を土産に来てくれるから、中でもその話を聞いた時は驚いたものだ。

「マスターの入れる珈琲の味って、お客さんの好みに合わせてるって聞いたけど」
「……確か、その様な話を聞いたこともありましたね」
「ぼくは専門家じゃないから、微妙に違う珈琲の味は解らない。どうして変えることが出来るんだい?」

 疑問に思ったことを素直に掛ける。すると、マスターはコップを磨いていた手を止め、とたけけと目を合わせると、ほんの僅かだけ、フッと息を吐いた。その息と共に、彼が微笑んでいるのも見えた。

「お客様の好きな曲を、貴方は弾いているではありませんか……私も、お客様の好きな珈琲の味を煎れている。それだけのことです」

 それから、とたけけは暫く何も言わなかったが、キャラメル色へと変わりゆく珈琲を見詰めてから、それをそっと一口含み、ゆっくりと味わった。やっぱり、自分の一番好きな味だと、飲み込んだ後に自らも口元を微笑ませていた。










 ─Fin─




 2012/10/29up






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