アンジェの癖? 「お母さん……」 呼び声が聞こえる、遠くから微かに。アンジェにとっては初めて聞いた声だが、解るのだ──それは自分の子供の声だと。 「お母さーん!」 逆光に寄るシルエット。手を懸命に振っている小さな子。 こちらへ駆けて来るので、アンジェは優しく笑うと両腕を広げた。抱き留めてあげようと、その場で待つ。 だが、子供はアンジェに抱き付こうとした時点で消滅してしまった。アンジェが抱き締めるのは、ただの空気。 あらゆる過去が急に思い出された。大切な人を失った日、産まれる筈だった赤ん坊を、自分自身の所為で失った日──。 そこでアンジェは目を覚ました。泣いた後であろう、頬には濡れた感じがした。ゆっくりと体を起こし、夢のことを思い返す。あの日は、同時に起きたのだ。夫と子供を一辺に失った日。 アンジェは溜め息をつくと、再びベッドへ身を沈めた。 半日程休暇を貰い、アンジェはマシンを使っては緑の多い公園まで来ると、ベンチに座った。 公園には、家族連れで来ている人達が多い。小さな少年を肩車している男性、赤ん坊を乗せた乳母車をゆっくりと押していく若い女性、両親の手をそれぞれ握る子供……。 「私にも子供が産まれたら、今頃あの様な生活をしていたのかしら」 と、そんな家族達を眺め、少々羨ましながら、アンジェは思った。 そろそろ戻らなければ。アンジェはベンチから立ち上がり、マシンへと足を進めた。 「──あら?」 エンジンを掛けようとしているのに、マシンが動かなくなってしまった。何度もキーを掛けようとするも、直ぐに止まってしまう。 「やーね、故障みたい」 何とかせねばと、その場で修理しようとした時。 「どうしましたか?」 後ろから、こちらへ話し掛けて来るのが解り、アンジェは顔を上げると振り返った。小麦色の肌にオレンジのショートウェーブをした若い少女だ。買い物の途中なのか、片手に袋を携えている。 「マシンの調子が悪いから、見てるのよ」 「──ちょっと私に見せてくれますか?」 「え?」 少女はアンジェの横に立つと、彼女のマシンを眺めてから、地面に置いた袋から修理用器具を取り出し、マシンをいじり始める。その動きはスムーズで、かなり手慣れている様に見えた。アンジェは、そんな彼女をただ感心して見守っていた。 数分後、少女は再びキーを回してみた。すると、マシンが動き出したのだ。それにアンジェは軽く驚いた。 「まあ」 「エンストを起こしてたみたいです。もう大丈夫ですよっ」 「ありがとう。貴女、メカに詳しいのね」 アンジェは嬉しさの余りか、彼女の頭に手を置いて撫でたのだ。彼女がそれに気付いた時は、少女が目をぱちくりさせていた時である。アンジェは慌てて手を離した。 「ごめんなさい、つい……癖みたいで」 赤の他人に対して何をしているんだ。思わず目を泳がせてしまった。そんな彼女に、少女は頬を指で軽く掻きながら照れ臭く微笑んだ。 「あはは。何だかお母さんに褒められたみたいです」 そう言ってくれた彼女にホッとすると、アンジェは優しく微笑んだ。 「私はルーシー。ルーシー・リバティと言います」 「私はアンジェリーク・ブルーム。アンジェでいいわ」 「また会えるといいですね!」 「ふふ、そうね」 それから二人はその場で別れた。 「また、会える気がするわね」 アンジェは、マシンを走らせながらそう思った。 高機動小隊がこことは別の惑星に出張の方で忙しい間、アンジェが研究所の仕事を仕切っていた。ほぼドクターの見様見真似だが、研究員全員は、流石彼女はドクターの右腕だと、厚い信頼を寄せていた。 (あの子は市民の子なのかしらね) 研究員に話をしながら、アンジェはふと、ルーシーのことを思い出した。 (あれ程のメカニックの腕、Dr.クラッシュ並だったわ。ふふ、将来に期待ね) 「あの……Dr.アンジェリーク?」 「え?」 研究員との話が、アンジェがボーっとしたことで気付けば止まっていたらしい。相手に話し掛けられたことで我に返った。 「あ、ごめんなさい……」 「……休まれます?」 「いえ、大丈夫よ。話を続けて」 その考えはまるで、自分の子供の将来を楽しみにしている母親の様だった。しかし、それは他人には迷惑だと自分を叱った。そう言えばリンリーといる時もこんなことを考えていたなと、アンジェは一人密かに溜め息をついていた。 アンジェが研究所から本部へと戻ると、高機動小隊の皆も戻って来たことに気付いた。 そんな彼女に最初に気付いたのは、リュウとリンリーだ。 「お。アンジェ!」 「アンジェ!」 「あら、リュウにリンリー。皆も戻って来てたのね。ご苦労様」 「──そうだ、新しい隊員が入ったんだ。アンジェにも紹介するよ」 リュウがそう言った後、その子に振り返り、アンジェも彼の目線を追った。フルフェイスを被った者がこちらへ歩いて来る。左肩には、高機動小隊の正式隊員を示す、赤と黄色のプロテクターが付けられていた。アンジェの前で立ち止まり、フルフェイスを両手で外すと、小麦色の肌にオレンジのショートウェーブをした少女の顔が現れた。彼女の前で敬礼をし、目を細めた笑顔を見せる。 「ルーシー・リバティです。宜しくお願いします!」 「……ルーシー?」 「……あっ、アンジェさん?」 アンジェは相手がフルフェイスを外してから、ルーシーは敬礼をした後に改めて相手を見てから、お互いにハッと気が付いた。 「何だ、知り合いだったのか」 リュウは二人の反応に最初は驚いていたが、微笑を浮かべ、腰に軽く手を当てながら口を開いた。 「ええ。前に街で私のマシンの調子が悪くなった時、通りすがりの彼女に見て貰ったのよ」 「へぇ?」 「てことは……?」 「なるほど、FーZEROレーサーであり、クラッシュの助手ってのも納得だな?」 そう返事をしたのはリュウでは無く、彼の背後からひょこっと顔を出したジャックである。リュウはそんな彼に驚愕しながら振り返った。 「まさかここで、しかも同じ本部で仲間になるとは、世間は狭いねぇ」 肩を竦めながら二人に言うと、アンジェは、本当にねと、口に指を軽く当てながら微笑を零した。ルーシーもアンジェを見て笑った。 彼女達を端から見ていたリンリーは複雑そうに膨れっ面をし、少しだけ勢いを付けてはアンジェの腕に咄嗟に抱きつく。ルーシー達に気付かせる為だ。 「きゃっ」 「アンジェ、ルーシーに構い過ぎだよ」 「ち、ちょっとリンリー……」 リンリーは彼らを一瞥した後、何も言わずにアンジェだけを別の場所へと引っ張って行った。アンジェはそんな彼女を見て疑問を抱いた。研究所で留守をしていた為、彼女達に何があったかは、今の所解らない儘である。 ルーシー達はリンリーを見て、笑顔を消した。何も言えず、彼女達を追うこともせず、見送ることしか出来なかった。 「ルーシー、いいのか? 追わなくて」 「いいんです。私が悪かったんですから……」 頭の後ろに両手を回したジャックがその場からルーシーに訊ねるが、彼女は悲しげに目を伏せながら、そう言の葉を返す以外に無かった。 「リンリー、どうしたの?」 広々とした休憩室──基、食堂まで引っ張られたアンジェ。 リンリーは入り口に入ってから直ぐ目の前にある椅子に座り、重ねた両手同士に顎を乗せ、不貞腐れた。アンジェが横から覗き込む様に訊ねるが、リンリーは、不満気な表情から一向に変える気配は無かった。アンジェはそんな彼女に微笑しつつ、小さな息を吐き落とした後、彼女の隣の椅子を引いては座った。 「リンリー?」 「僕は、まだルーシーを認めた訳じゃ無いから」 「……何かあったの?」 「……」 アンジェがいない間、向こうで何があったのか。アンジェはそれが知りたかった。そこに、彼女達に何かがあったのだろうと予想した。 リンリーはまだ少しの間黙っていたが、こちらを見ると漸く話し始めた。どうやらルーシーは、リュウが無茶な特訓をして休んでる間に、彼のマシンである『ドラゴンバード』を勝手に乗り回していたらしい。これ以上詳しく話はしないリンリーだが、アンジェはそれで把握した。 「大体のことは解ったわ」 アンジェは軽く頷きながら言った。 「でも、それでリンリーは彼女を許せないでいるの? だとしたら、まだまだ子供だわよ?」 「……」 きっぱりと言い放った。 リンリーは彼女のその言葉には、一言も言い返そうとはしなかった。と言うより、ルーシーのことを話したきりだ。 「ルーシーは充分反省しているわよ。でなければ、今頃高機動小隊の正式隊員にはなっていないわよ」 「うん……あの後、ドラゴンバードを直してたから。彼女の腕は凄かった」 「そう」 呟く様に返事をした後、アンジェはリンリーの頭に手を優しく置いた。リンリーは大人しくそれを受け入れている様子である。 アンジェはこの時思っていた。自分で言うのもアレかも知れないが、彼女はマシンのことで怒っている訳ではない。ルーシーと自分に対して嫉妬心を抱いていたのだろう、と。あの時はただ、偶然再会したと言う喜びをお互いに抱いていただけである。 まるで、幼い姉と妹を宥めている様だと、アンジェは母親らしい想いを抱き始めた。彼女達の将来を祈る。頭を愛撫する。相談に乗ってあげる。今は失ったが、子供を腹に宿していた時から、アンジェの中の母性本能が更に大きくなったのかも知れない。それを今自覚した。街で出会った時に言われたルーシーの言葉にも納得した。 「さ、ルーシーの所に行きましょう」 「……うん」 二人は立ち上がり、ルーシー達のいるとこへと戻って行った。 「さっきは悪かったよ」 「ううん、良いのよ。こちらこそだし」 さっきと同じ所に彼女達はいた。 こうしてリンリーとルーシーは和解した。そんな二人の様子を、アンジェやリュウ達は微笑ましく見守っていた。 ──to be continued── |