謎の女パイロット








『トップに躍り出たのはビッグファング! この儘トップを守り抜く事が出来るのか!? 今、ファイナルラップへ突入です!!』

 ミスター・ゼロの熱烈な実況と共にモニターに映し出されたのは、ダークミリオンの一味であるバイオレックスのマシン──ビッグファングである。そのビッグファングは今、最後のカーブを曲がろうとしていた。今回のコース中最も急なカーブだが、これをクリアすれば、後はゴールまで一直線のコースである。

「久々のトップだぁ! この儘優勝すれば、ゾーダ様に絞られずに済む……!」

 バイオレックスは、ゴールする前から小さな希望を抱いていた。
 だが、

「残念だったわね」

 ビッグファングの背後から現れたのは、水色のFーZEROマシン──デビリッシュエンジェルである。バイオレックスは、マシンの背後を映す画面を見て、驚愕を抑え切れなかった。急カーブへの集中と、背後のマシンが死角に入っていた為の油断からである。

「ええー!?」

 バイオレックスはこの時終わりを悟った。そして、デビリッシュエンジェルにサイドアタックを思い切りお見舞いされ、思い切りコースをスピンして行った。

『おーっとぉ! バイオレックスのビッグファング! デビリッシュエンジェルに寄ってリタイアとなってしまいました!』

 そしてデビリッシュエンジェルが先頭となった。そのマシンに乗っているアンジェは横を向くと、後ろのマシンに対して静かに「ごめんなさいね」とウィンクをし、そのままゴールラインを通り過ぎた。

『アンジェリーク・ブルームを乗せたデビリッシュエンジェル、今、トップの座を奪ってゴールしましたああああああ!!』

 ミスター・ゼロの実況の直後、観客達の大歓声が響き渡り、会場を揺るがせた。
 表彰台の上で大きな黄金のトロフィーを手に、もう片手で大きく手を振っているアンジェ。

「アンジェ!」

 カメラのフラッシュを浴びせてくる人達の間を掻き分けて現れたのは、リンリーだ。彼女は今回はレースにエントリーせず、アンジェを応援していた。
 アンジェの優勝を心から嬉しそうにした笑顔を乗せて、彼女を見ながら駆け寄ってくる。アンジェはそんな彼女をその場から見て、微笑を零した。そして勢い任せで抱きついてきた彼女をそのまま片手で抱きとめ、優しげな表情の中目を閉じ、彼女が落ちない程度に強く抱き締めた。後から現れたリュウら高機動小隊のメンバー達は、そんな二人を遠くから微笑んで見守っていた。

「……」

 大歓声が鳴り止まない中、観客席から、アンジェを双眼鏡で黙って見ている者がいた。緑の長いウェーブヘアに紫を基調とした服を身に纏った大人の女性である。
 彼女は無表情の中、双眼鏡を外し、改めてアンジェ達を見た。彼女の鋭い瞳が更に細められ、その様子はまるで、アンジェに対する憎しみが込められているかの様だった。




「あれ、アンジェはどうした?」

 本部に戻り、白ワインの入った二つのグラスを両手にメインルームへ現れたジャックは、彼女がいないことに気付くと目を丸くし、辺りをキョロキョロさせる。

「アンジェは出かけてるよ」

 ソファに座っているリンリーは、机に優勝トロフィーを置きながら、振り返ること無く答えた。

「何だよ。折角お祝いしようとワインまで用意してきたってのに」
「どうせお祝いがてら口説くつもりだったんじゃろ。バレバレじゃよ」

 ルーシーと一緒にモニターを見ながらキーボードを操作しているクラッシュがそう言う。それを聞いたジャックは軽く肩を上げた。恐らく図星なのだろう。

「……」

 クラッシュの言葉を聞いたリンリーは無言で彼を睨み付けた。それを見たジャックは、

「……なはは。今の冗談だって。あ、ワイン飲むか?」
「要らない」

 ジャックがワインを差し出そうとしたとこでリンリーは即拒否をし、顔と目線を戻した。

「んじゃ、オレが全部飲むとするか」
「アンジェだったら、旦那さんの墓参りだってさ」

 そこへメインルームへ現れたリュウが言った。ワインを飲んでいたジャックが口からグラスを離すと、目線を変えない儘、「へーえ?」と一言だけ零した。

「アンジェの夫の名前は、確か『ドラン・ブルーム』と聞いた」

 続いて現れたDr.スチュワートが言った。

「優秀な銀河警察だったが、仕事の時に撃たれた様でね」
「そうだったのか」

 彼女に亡き夫がいたのは聞いていたが、死因までは知らなかった為、リュウ達はそれを聞いて目を伏せた。

「だが、墓参りに向かう時のアンジェは、嬉しそうな顔をしていたよ」
「? 何でだ?」
「アンジェは今回のFーZEROグランプリで優勝したからね。今日墓参りへ行くのは、旦那さんに優勝の報告をする為だよ。逸早く知らせたかったのだろうね」
「なるほどねぇ」

 ドクターの言葉に納得したジャック達。
 そしてジャックは、白ワインに再び口を付けた。




 白薔薇の花束を両手に、アンジェは墓地の中の墓の前に立っていた。
『Dolan Bloom』と言う名前が彫られている墓。そしてその墓の隣には、小さな墓がひっそりと建っていた。だがその小さな墓には、名前は刻まれていなかった。何故なら、アンジェの腹の中で死んでしまった子であり、名前も決められていなかったからである。
 アンジェは、二つの墓の間に白薔薇の花束を置き、立ち上がっては、改めて墓を見つめていた。
 太陽の光に寄り、亡き夫からの贈り物である、白いカチューシャがキラリと光った。

「優勝、おめでとう」

 その時、背後から突如女性の声が聞こえた。ハッとして素早く振り返ると、そこに立っていたのは、今回のFーZEROグランプリで、観客席から彼女を静かに見ていた者だ。その者は、適当に拍手をしながら、嫌味ったらしい笑みを向けて来ていた。

「今日のグランプリ、お見事だったよ」
「……どちら様?」

 アンジェは彼女とは初対面だ。それ故に、素直に率直な質問を投げた。それを聞いた女性は腕を組みながら鼻で軽く笑い、腕を下ろしたかと思うとこちらへ歩み寄って来る。唯々見つめるアンジェの隣へと来、二つの墓を見下ろした。

「ドラン・ブルーム。この墓で寝ている人が、今でも安心して眠れてるとでも思ってるのか。で、ドランが乗っていたマシンを今、アンタが乗り回している──幸せ者だねぇ?」
「! 夫を知っているの? 貴女は一体……」

 アンジェは彼女のその言葉に見開く。彼女は、夫であるドランの知り合いなのだろうか。
 夫の仕事内容は把握しているが、仕事の関係上、実際に見ることは滅多に無い。故に、名前や関連性を聞かない限り、解らない部分がある。
 それに対する彼女の返事は、ただの嫌味を込めた微笑のみ。だがその後、こんなことを言い出した。

「私と一勝負しない?」
「え?」

 いきなり何なのかと、アンジェは眉根を寄せるばかりだ。それでも構わず、彼女は続ける。

「FーZEROマシンでの勝負さ。私に勝ったら、私の名前と、ドランのことを教えてやる」
「!」

 アンジェは後者の言葉に特に驚き、鼓動も聴覚に響く程に大きく高鳴った気がした。

「もしアンタが負けたら、そのマシンを頂くよ」
「!」

 それにも驚いたが、先程の方が気持ちは勝っていた。
 彼女はドランのことを知っている? そして夫は、何か隠していたことがあったのだろうか。それを聞いて、気にならないと言えば嘘になるが、知った瞬間何かが音を立てて崩れそうで、アンジェはそれが恐かった。

「さぁ、どうする──ま、知りたくなければ知らなくても良い。但し、このことを知っているのは、私含めてほんの僅かなんだよねぇ」

 呟く様に言葉を零していきながら、挑発的な目を向けてくる。
 夫であるドランの秘密を知る女性……。
 夫とは、お互い隠し事は無しだと誓い合っていた。そんな彼が、自分に秘密にしていたことって……?

「……解ったわ。勝負します」

 握り拳を僅かに震わせた後、アンジェは相手の目を真っ直ぐに見据え、首を縦に揺らした。これは罠かも知れない。だが、命を懸ける覚悟は既に出来ていた。
 アンジェの意思を確かに聞いた彼女は、赤いルージュで塗られた口元を歪めた後、

「アンタなら乗ってくれると思っていたよ──ついて来な」

 アンジェに背中を向け、自分のマシンへ向かって歩いて行った。
 レースとは違う緊張感、そして不安が、アンジェの背中に圧し掛かる。それらを振り切るかの様に、足早でデビリッシュエンジェルへと向かった。




 雲行きが怪しくなる中、二人が行った場所は、既に使われなくなった高速道路。その状態は、既に廃墟に近い。この高速道路は下りとして、廃墟となったビルの周りを何重も描いている道路があった。
 二つのマシンは、高速道路で横に真っ直ぐに引かれた深めのヒビをスタートラインとして止まった。

「ルールは至ってシンプル。ここからスタートしてあのビルへ向かい、ビルを囲むコースの一番下まで下りるんだ。先に下りた方が勝ち」
「解ったわ」
「ただしこの辺は既に誰も管理していない場所だ。いつ道路が崩れても可笑しくない。おまけに……」

 女性は言葉を濁すと、空を見上げた。先程までは、まだ太陽の光が僅かに照らし出している程の曇り空だったが、今は一気にどす黒い雨雲へと化していた。雷も鳴り出し、今にも大雨が降りそうな様子である。

「場合に寄っては視界も悪くなる。精々死なない様にな」
「貴女もね」

 そう言の葉を返してきたことに、女性は素早くアンジェに振り向いた。だが、アンジェは前だけを見続けており、こちらへ振り向こうともしない。女性は舐められたと言う気持ちで軽く舌打ちし、自分も前へと向き直した。
 マシンの唸りと雷の轟きが交わる。
 そして落雷が起こり、その雷がスタートラインの側まで落ちた瞬間、二つのマシンは音速で走り出した。










 ──to be continued──