Opening LAP.天使








「順調の様だな」
「あちこち損傷が目立ちますが、何とかなりそうです」

 百五十年もコールドスリープされている男を蘇らせる為、全力を尽くす、白衣を羽織った男女。一人は四十代で、茶の独特な髪型を持つ男。もう一人は金に近いオレンジの髪に、羽をモチーフにしたカチューシャをした女性だ。男性の名前はロバート・スチュワート(通称・ドクター・スチュワート)。女性の名前はアンジェリーク・ブルーム(通称・アンジェ)。二人は優秀な外科医であり、高機動小隊の一員でもある。

「ところで、彼女のメンテナンスはどうかね」

 コールドスリープされている男の解凍を行いながら、ドクターはアンジェに尋ねた。ドクターはこちらの仕事に忙しい為、『彼女』のメンテナンスをアンジェに任せていたのだ。

「リンリー・ハウンドのことですか? 今回も、どこも異常はありませんでした。ドクターの技術には、本当に驚かされます」
「アンジェが手伝ってくれたお陰だ。いつも感謝しているよ」
「そんな……」

 目を逸らさない儘微笑んで話すドクターに、アンジェは彼を見てクスッと笑った。
 そして次第に笑みを消し、アンジェは作業をしながら考えていた。

(ダークミリオン……か)

 ダークミリオンとは、知らない者はいない程恐れられている悪の犯罪組織である。
 五年程前に、ダークミリオンの一味に寄る惨い事件が発生した。バイクレース場で起こった襲撃事件で、レーサーや観客の死者が多く出、マスコミも暫く騒いでいた。生存者は絶望的だったが、幸い彼女──リンリー・ハウンドは、ドクターやアンジェ達の決死の治療で一命を取り留めた。だが、死にかけだった故にアンドロイドとなった。その為、ずっと十五歳の儘、彼女の体の時は止まった侭となってしまったのだが、ドクターのその様な技術が無ければ、命は危うかった。
 事件後に初めて目覚め、恐れた記憶のフラッシュバックに寄り、暴れるリンリーを落ち着かせるのに相当な時間が掛かった。アンジェさえまごついたが、冷静なドクターのお陰で、何とか彼女は落ち着いた。あんなに幼い子にまで容赦の無いダークミリオン。アンジェはその組織を何よりも忌み嫌っていた。
 父を亡くし、母が痴呆症を患っている為に独りぼっちの彼女をドクターが引き取り、現在のリンリーは高機動小隊の一人となっている。リンリーはもう二十歳──アンドロイド故に外見は子供──だが、アンジェにとっては可愛い娘の様なもの。彼女には、何があっても生きていて欲しい。メンテナンスをする度、アンジェのその気持ちは強くなっていた。

「ドクター、アンジェ、どうかしら?」

 コールドスリープのある部屋へ、高機動小隊隊長のジョディ・サマーが入って来た。他の助手の手により、男はベッドへと移される。

「ああ。問題ない。後は目覚めるのを待つだけだ」

 ドクターが自信ある笑みで答えると、ジョディは安心した笑みを描き、頷きながら言った。

「流石は二人ね。貴方達の腕を信じてたわ」
「ドクター、後のことは私に……」
「ああ、頼んだよ。私は、リンリーの様子を見て来よう」
「ではアンジェ、後はお願いします」

 アンジェが敬礼をして見せた後、二人は部屋を後にした。そして彼女は、眠っている彼の様子を見守る。
 コールドスリープされていた男──リュウ・スザク。彼は百五十年前はプロのレーサーで、優秀な警察官でもあった。しかし凶悪犯を追っている内に不慮の事故に遭ってしまい、当時の医療技術では治せない程の重傷を負う。その後、彼はその実力を惜しまれ、コールドスリープされたのである。そして百五十年の時を経た今、彼は長い眠りから目覚めようとしていた。
 アンジェは、まだひんやりとした彼の手を温める様に、両手でそっと包む。

(ずっとずっと、この狭いカプセルの中、寒かったでしょう。どうか、無事に目覚めて……)

 その祈りを手から伝える様に、アンジェは静かに目を閉じ、心でそう祈った。




「う……」

 うっすらと開いていく瞼。その瞳に最初に映ったのは、こちらを覗き込むアンジェ。アンジェは彼が目覚めたことに気付くと、驚きを兼ねた喜びの表情を浮かべた。

「良かった、気が付いたみたいね」
「……」
「まだ意識がハッキリしないみたいね。直に回復するわよ」

 まだ彼の目は虚ろとしていた。長い長い眠りの中だったから、目覚めても、ちゃんと意識が戻るまでは多少の時間が掛かりそうである。
 アンジェはリュウの額を一撫でしてから立ち上がり、ドクターに報告する為に部屋を出た。




「そうか、それは何よりだ」
「まだ意識は完全に回復出来ていませんが、身体に異状は見られませんでした。後は彼がちゃんと起き上がれるか……」
「うむ。私も今から行こう」

 ドクターのいる研究所にて。
 アンジェに渡されたカルテに目を通しながら、ドクターはそう言って頷いた。

「さっき言ってた、リュウ・スザクの事?」

 二人の話を聞いてから、リンリーが口を開いた。

「そう。百五十年もコールドスリープされていたんだよ」
「なるほど……つまり化石みたいな人ってことか」

 妙なとこで納得したリンリー。化石と言う言葉に二人は目を見張ってしまう。そして顔を見合わせると、お互い密かに苦笑してしまった。




 あれから数日が経った。
 リュウは、銀河連邦警察に設置された特殊部隊──高機動小隊の正式隊員となり、FーZEROグランプリに出場していた。
 FーZEROで優勝すれば莫大の賞金を得ることが出来る為、悪党らの他、ダークミリオンの者も出場することがある。それを阻止する為に動くのが、高機動小隊の主な仕事の一つである。
 それぞれが自分達のマシンに乗り、スタンバイする。アンジェも『デビリッシュエンジェル』をエンジンで唸らしていた。
 スタートの合図とMr.ZEROの熱い実況と共に、マシン達が一斉に走り出した。

「いい? 今回はダークミリオンの一味が二名いるわ。なんとしてでも食い止めるのよ」
「了解!」

 ジョディの命令に全員が返事をした。

「いっけええええ!!」

 ファイナルラップに入ったとこで、リュウがレバーを思い切り引くと、彼のマシン『ドラゴンバード』がブーストし、一気に前のマシン達を追い抜いた。

「何!?」
「お先にー」

 隣を抜けようとしたとこで恐竜のバイオレックスと目が合うと、リュウは片手を上げ、得意そうな笑顔をしてみせた。

「そうはさせないよー?」

 リュウの背後をいつの間にか走っていた、ババの『アイアンタイガー』。彼のマシンがリュウの隣りに来ると、横から体当たりして来た。

「うわ!?」
『おっとおぉ!? トップの座の奪い合いか! アイアンタイガー、トップのドラゴンバードに猛攻撃だ!!』

 実況が響く中でも、互いの激戦が行われていた。

「リュウ、今行くわ」

 アンジェは幾つかのダッシュプレートでデビリッシュエンジェルを加速させ、更にブーストを使い、リュウ達のとこへ向かう。

「リュウ! アイアンタイガーから離れて!」

 言われた通りに、リュウはマシンを相手から離れさせた。そしてデビリッシュエンジェルがその間に滑り込むと、アイアンタイガーに思い切り体当たりした。

「な!?」
「言っとくけど、私の天使(エンジェル)は凶暴よ!」

 何度も何度も体当たりをぶちかましていく。デビリッシュエンジェルはスピード性能は低いが、代わりにボディ性能がトップクラス。故に多少の無茶はしても、デビリッシュエンジェルは平気なのである。
 やがてアイアンタイガーはガードレールへ接触し、勝手にレースの上をスピンしていった。

「今よ、リュウ!」
「サンキュー、アンジェ!」

 そしてリュウのマシンが一着でゴールし、グランプリは熱い歓声の中、幕を下ろした。




「アンジェ」

 格納庫でDr.クラッシュにマシンを点検して貰っているアンジェの元へ、リュウが駆け寄って来た。

「ありがとな」
「あら、当然でしょう? 高機動小隊が勝たなきゃ、仕事にならないわ」
「それだけじゃない……俺がコールドスリープされていた時の事だ」
「……あの時の?」

 リュウは言うのが少々恥ずかしいのか、鼻を指で擦りながら言った。

「俺の意識がまだハッキリしてない時。あの時はなんだか、俺の前で──天使が見えた気がしたんだ」
「天……使?」

 アンジェはきょとんとしてしまう。

「まだ夢の中にいたのかも知れない。それと現実の狭間で、俺は優しい天使の影を見た気がした。それが後でアンジェってことに気付いたよ」
「コールドスリープのことは、ドクターに言えば良いじゃない。私はただお手伝いしただけよ」
「ドクターにも改めて礼を言うよ……とにかく、ありがとう」
「……まあいいわ。どう致しまして」

 小首を傾げてしまったアンジェだが、取り敢えず笑顔で返事をした。

「おい! アンジェを口説くだなんて百五十年早いんだよ! か・せ・き・ちゃんっ」

 そこへ金のツンツンヘアをしたジャック・レビンがちゃかしに現れた。彼の言う化石とは、リンリーが初対面のリュウに最初に言った言葉である。

「な! 何言ってんだよジャック!」
「へっへーん」
「待て!」

 逃げるジャックを追い掛け回すリュウ。そんな二人を見ながら、アンジェは微笑んでいた。

「天使かぁ」
「クラッシュ?」

 そう呟き、アンジェのマシンからクラッシュが顔を出した。

「お前さんの性格からして、リュウにはそう見えたのかも知れんのう」
「私の性格?」
「ああ。アンジェは時に優しい母親の様な態度になることがあるからのう。自分で気付かなかったんか?」
「……」

 リュウにとって、アンジェをそう見たのか。だがそう考える程、思わず溜め息をついた。

「天使だなんて大袈裟よ」

 そう呟いて、ジャックを羽交い締めしているリュウを見ていた。










 ──to be continued──