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もう独りの自分 リンクは気付けば独り暗闇の中にいた。さっきまでは確かに皆と一緒だった筈なのに、予想外の出来事に、一体何が起こったのか、理解が一切出来ない。只、ここが真っ暗闇の世界だと言うのは分かる。足はちゃんと地面に付いているのか、それとも浮いているのか分からない。四方八方、とにかく深い闇に覆われ、まるで夜盲症に冒された様だ。 何やら悪寒が背中を走り、リンクは鳥肌を立たせた。本当に寒気がして己の腕を抱く。悪寒と言うよりもこれは殺気に近かった。 (早くここから出る方法を考えなきゃ) 万が一の奇襲に備え、警戒心を高める。徐々に際立たせるこの殺気は思った以上に強くなり、尋常では無い。一瞬でも油断すれば命取りだ。 歩みだそうと足を一歩前へ進めた時、水が弾ける音が響いた。自分が水溜まりに足を踏み入れる音。地面はどうやらあるみたいだ。しかし何故ここに水溜まりが? 疑問に思ったリンクは確かめようと下に目線を落とした。と言っても暗闇の中だから、色彩感覚ははっきりしないだろうと、あまり期待せず足元を見下ろした。だが、その水溜まりだけはくっきりと見えていたのだ。いきなり目へ映り出した上、その色はリンクを驚き且つ恐怖のどん底へ突き落とす結果となる。 「こ、これは……!」 こちらを見たのを待ち構えていた様に、その真っ赤な水溜まりからは、独特な鉄の臭いを発し、彼の嗅覚を襲う。瞬く間に嘔吐感が込み上げ、リンクは口を片手で必死に押さえて片膝を付く。暫くしたら少し落ち着き、恐る恐る顔を上げる。 そこで次に見たものは、その血の持ち主であるのか、目の前で色付いてゆく、赤い塊が現れた。赤い──塊? 違う。明らかに人の形をしていて、しかもその者の容姿はどこかで見た。赤に染まった青いオーバーオールに、白い軍手、大きなローファ。 「……マ……リ、オ……さん……?」 マリオが血まみれで倒れていたのだ。彼がその血の持ち主だと言うのは確かである。彼は誰かにやられた様で、今にも千切れそうな腕は特に赤黒くなっていて、大量に血液を流していた。 「な、何……で……マリ、オ……さ……が……」 声が上手く出ない。大切な仲間がこんな姿になって現れて、動揺せざるを得ない。皆に一刻も早く知らせなくては。 そう決心すると、震える体を何とか立ち上がらせたが、うっかり後ろの何かにつまずき、尻餅をついてしまった。そして、また水溜まりに入り込んだ音。今度は勢いが良く、リンクの顔までその水……いや、血が飛び散った。 今度の血の持ち主も見覚えがあった。青いマントに青い髪。その者は綺麗な紅の色に染まっていた。 リンクは、その哀れな姿に再び息を飲み込んだ。 「マルス王子……」 マルスもマリオと同じ、鋭利な刃物で斬り刻まれた姿になっていた。 周りが次第に色付いてゆく。しかしそれは、見覚えのある者達のみ。地獄画図な光景に、現実感も嘔吐感も何も感じなくなっていた。 「皆……」 どうして皆死んでるの? 何で皆は俺を独りにしたの? 俺は何で彼等を救う事が出来なかったの? 絶望が襲い、リンクは只茫然としていた。分からない。分からなさすぎる。 そこへ、とある人物がリンクの目の前に現れた。その者はリンクと同じ容姿をしていて、後ろ姿で立っていた。 「子リン!」 自分と似た容姿をしている者と言えば子供リンクしかいない。生きてる仲間はまだいたんだ。少しだけ安堵を抱いたリンクはとっさに立ち上がり、彼の側まで歩み寄ろうとした。 しかし彼は自分と同じ位の身長で、子リンでは無い気がした。それに、彼が左手に持っているマスターソードは、いつもの青系では無く、真っ赤な血に染まっていた、まるでその剣が血に飢えているかの様に。 リンクは混乱した。自然に後退りする。 (正か、俺が殺った?) 自分は皆を殺した覚えが無い。そんな真似もしない。しかし目の前の自分は、剣を中心に大量の返り血を浴びている。違和感が不思議と無いのだ。自分は何もしていない。だけど自分は血の雨を浴びていた。けれど殺した根拠は……なのに殺ったのは自分で……。 リンクは酷く頭を痛め、抱えては喚いた。 ……違う……違う違う違う違う違う!! 俺は何も……俺……も……何……して……。 「俺は何もしていない!!」 「何もしてないよ」 リンクのその叫びに返答した者がいて、その声は何処か懐かしさを感じさせた。それに呼び戻された気がしたリンクは、いつの間にか綴じていた瞼をハッと開いた。 ボヤけた視界が段々はっきりし、こちらを見下ろす人物を見る。それは自分だった。リンクは顔色を悪くし、反射的に彼を押してはベッドから抜け出る。押されたリンクは彼の唐突な行動に目をぱちくりさせた。 「リンクさん?」 リンクは怯えながらその者を良く見た。聞いた声は子供らしく高い。それに、見た目も自分より背が低い……正真正銘、子供リンクだった。 「どうしたの?」 「あ……ゴ、ゴメン」 こんな格好を晒してしまった自分が恥ずかしく、頭を掻いた。 何だ夢か。リンクは一安心した。 「顔色悪いけど、大丈夫なの? 具合でも悪い? もう少し休んだら良いのに」 子リンは心配そうな顔でリンクを見つめた。リンクは平気だと苦笑いをしてみせた。 「大丈夫だ。それに今日もトレーニングだろ? 一日も休む訳にはいかないじゃないか」 リンクはそう笑うと部屋を後にした。 だが、パタンと閉めたドアを背に頭を重くした。あの悪夢をどうしても思い返してしまう。流石のリンクもあの恐怖心は植え付けられた。 トレーニング場で戦いの音が響く。武器を使う者の場合、トレーニングの間は相手を傷付けぬ様、トレーニング用の武器を使うのだ。 マリオはリンクに向かって攻撃を仕掛ける。リンクも武器で応戦し、キンッと言う鋭い音が鳴り響いた。その反動を利用したリンクは、マリオの体に武器を当てる事に成功した。 「おわっつ!」 マリオはドテッと派手に転んだ。 「あ。大丈夫ですか、マリオさん!」 リンクは武器をしまうと慌ててマリオのとこへ駆け寄った。何処か怪我を与えてしまったかも知れないと、不安と心配を抱いた。マリオは痛そうな顔をしながら腕を抑えていたが、リンクにはウィンクをしてみせた。 「ああ。本物の剣だったらパックリだったかも知れないけど」 「はは。冗談やめてくださいよ」 二人は笑い上げた。 しかしリンクは次第に笑い声を落としていった。マリオの今の言葉に何かが引っ掛かったのだ。 『本物の剣だったらパックリだったかも知れない』 ──今にも千切れそうな腕は特に赤黒くなっていて、大量に血液を流していた。 マリオが今抑えている部分は、リンクが先程見た悪夢の中でのマリオの腕の切れた部分と全く同じとこだった。リンクは今、マリオのそこを攻撃した。幸い血は流さなかったものの、見た夢と同じだ。もし今自分が本物の剣で彼を攻撃していたら……。リンクの顔色が再び悪くなっていく。やがて自分の頭を抱えだした。 「あ、あぁ……」 「? リンク?」 リンクが突然おかしくなった様子にマリオは眉間に皺を寄せる。リンクは震え上がり、後退りする。 マリオがどうしたと手を伸ばそうとした途端、リンクは彼をドンッと押し、喚きながらその場を出ていった。 「リンク! どうした!」 マリオはよろけたが直ぐに体制を立て直し、只事では無いと直感して、リンクを追う為に彼もトレーニング場を後にした。 (マリオさん、来ちゃ駄目だ!) リンクはなるべく人気の無いとこへ逃げようと森へ入っていった。 太陽の光で木々の葉っぱは金色に光る。その中を走り続ける緑の勇者。 「このままじゃ、俺が皆を殺すかも知れない……!」 走りながら、口から自然と出た言葉である。 あの悪夢は実は何度も見てきた。前の夢ではピカチュウが血塗れ倒れていて、耳が千切れていた。その日、リンクが落としてしまった花瓶が欠片になって飛び散り、ピカチュウのその耳に当たったのだ。他に、夢で倒れていたファルコの足は粉々に砕けていて、その日は悪天候で雷に打たれた木が自分に向かって倒れてきた時、ファルコはとっさにかばい、足に軽傷を負った。夢の中の戦士達は次々と増えて行き、新しく現れた血塗れの戦士は、その日は必ずリンクが原因で、しかも夢で特に重傷を負った部分を怪我するのだ。やがて、自分以外全員が血の塊と化していた。そして今日、皆の血を吸い上げた自分がいた。 嫌な予感がした、いつしか皆を自分は殺してしまうのでは無いかと。危害を加えない為にも、それから逃れたいと、森を走っていた。 大分土地から離れたと思ったリンクは走るのを止めた。膝に手を付いて息を荒らす。 「……もう、追って来ないよな……?」 大きく息をしながら後ろを振り向いた。気配が無いと思うと、ホッと息をついた。 「俺、もう戻れないかもな……」 戻ったら犠牲者が出て来てしまうだろう、自分のせいで。このまま消息不明で消え去ろうか。その方がずっと良いかも知れない。 「その必要は無いんじゃないんですか?」 リンクは別の声に振り向いた。いつからいたのか、直ぐ側にある木の影に誰かがいた。リンクは、何故かゾッと鳥肌を立たせた。それは、今朝見た夢と同じだった。 木の影から現れたのは、リンクと同じ容姿をした男だ。その男の目は金の前髪で隠れているが、口だけはニヤニヤさせていると見れる。リンクは即座に武器を構えた。 「このまま消えたら、つまらないでしょう?」 リンクと同じ声色。同じ口調。しかし何かが欠けている。 もう一人の自分? 彼は一体……。 「そのまま皆を殺してくれたら手間は省けたんですがね」 「! どう言う意味だ!」 「夢の中で君を操ろうとした俺の考えは、どうやら失敗だった様です。正か逃げ出すとは、計算外でしたよ」 「なっ……じゃあ……」 あの夢に現れた自分は、お前か? そう聞き返そうとした時、リンクの首に冷たい鋼の線が走った。一瞬何が起ったか分からなかったが、その時リンクの目に映ったのは、彼の持つ、血に染まった剣と、下から飛び散る真新しい鮮血だった。首は一層冷たくなっただけで痛みは無い。代わりに目の前の世界が暗くなる。あの悪夢へ突き落とされる感覚だ。体も重くなり、スローモーションの様に体が落ちていく。 「俺の名は『ミエール』」 リンクの首を裂いた男は呟く。夢の中と同じ、返り血を大量に浴びて。 「ギガ様のしもべで……お前のクローンだ」 下がる視界に映った最期の光景は、自分のクローンの、血の色をした瞳だった。 あの夢は全て俺のクローンが作り出したものだったらしい。そして、真っ赤な自分の姿は俺のクローンで、彼の浴びた血は、皆の血では無く俺の血だったのだ。 ギガのクローンは本物の戦士の血から作られるって、確か王様が言ってたっけ。あの姿はまるで出来立ての姿だった。本当に良く出来ていたなぁ。鏡に映ってるのかと、最初は思っちまった。 暗い闇が広がる。ここは天国? それとも地獄だろうか? もうどっちでも良いや。俺は死んだんだ。そうだろう? って、誰に訊いてんだ、俺は。ここはもう俺以外誰もいないんだ……俺はもう独りぼっちだ。 ……ヒトリ? 俺はもう、独りなのか? マリオさん達にはもう会えないのか? 何気に仲間達を思い出すと、急に寂しさが増した。二度と会えない彼等に会いたくて会いたくて、涙が溢れる。もう独りは沢山だ。誰もいない暗闇で独りぼっちだなんて嫌だ。誰か俺を呼んで。どうか助けてくれ……。 「誰か俺を……」 「呼んでるよ」 リンクのその哀願に返答した者がいて、その声は何処か懐かしさを感じさせた。それに呼び戻された気がしたリンクは、いつの間にか綴じていた瞼をハッと開いた。ボヤけた視界が段々はっきりし、こちらを見下ろす人物を見る。それは、自分? いや、もう子供リンクだって分かった。おまけにドクターの格好をしたマリオと、俺の腹の上にいるピカチュウにカービィ。意識が戻ると四人は安堵の溜め息をついていた。 「俺、死んだんじゃ……」 「縁起でも無い事言わない」 呟くリンクにマリオは軽く叱った。 「ボクがリンクを見付けるのが後一寸でも遅かったら、確実に手遅れだったんだぞ。まぁ、さっきまでももう駄目かと思ってたけど、意識を取り戻せたのは奇跡だよ」 「そうなんですか……ぃっつ!」 ベッドから起き上がろうと少し体を動かした途端、首元に鈍い痛みが走った。同時に包帯の感触もした。 「ホラ、まだ動かない! 声帯も少しやられてるから、暫く喋るのも禁止だからね」 マリオは苛立ってリンクの肩を抑えた。言われてみれば、喉が多少いがらっぽかった。 ピカチュウとカービィが嬉しそうにリンクに抱きつく。マリオはまだ重傷だと怒るが、リンクは大丈夫ですと笑い、カービィとピカチュウの背中を撫でた。 撫でながら、リンクは森の中の出来事を思い返す。遂に自分のクローンも生まれてしまった。ギガのプランは着々と進んでいるんだと秘かに歯を食いしばる。 「リンクさん」 子供リンクは心配の眼差しでリンクに問掛けた。 「森で何があったの?」 「……それは治ってから話すよ」 「あ。そうだったね……今はゆっくり休んでね、リンクさん」 「リンク、無理はするなよ。もし悩みがあったら、皆がいるって事を忘れないでね」 「あ。はい……」 リンクは微笑んで返事をした。今はこれが精一杯。首を切られたのだから、暫くは喋らせてくれない。 回復したら説明しよう。皆きっと驚くだろうが、国の為になるとリーダーが言うから、必ず。クローンは戦士の心を操る力も備わっている可能性がある事だけは、ハッキリと伝えなくては。 もう悪夢は見ない。相手がクローンだと分かったから、どんな夢だろうときっと乗り切れる。 それに、俺は独りじゃない。皆がいるんだ。皆と共に、国を守って、戦うんだ。 ミエール、もう俺はお前には怯えない。必ず、お前を倒してやるからな。 ──to be continued── |