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crazy 本日は晴天。 スマッシュ王国は、今日ものどかで平和の色を輝かせていた。 クレイジー大臣は城の自室で仕事をしていた。昨日の分の日誌や手紙、重用書類にサイン等、様々な紙の仕事を羽ペン一本と黒インクでテキパキとこなしている。 大臣の部屋は広い訳でも無ければ、かと言って狭いとも言い難い。狭いと多少感じさせるのは、厚い本がギッシリと並べられた本棚が壁と化しているからであろう。赤絨毯で敷かれた床の端には箱があり、そこには棚に入りきらなかった数冊の本や、クルクルに巻かれた大きな地図が刺さっている。 初めての訪問者の第一印象は恐らく『仕事大変そう』だろう。しかし、大臣はこの仕事を生き甲斐としていた。傍らにいる王が与えてくれた仕事に、大臣は深く感謝していた。 静かな空間の中、大臣の走らせる羽ペンの音だけが微かに響いていたこの部屋。丁度大臣の正面側にある焦茶の固い扉を二回ノックする音が、それを破って大きく鳴った。自分の音以外の音に即座に反応した大臣は顔を上げた。入って来る者が敵か味方かは、ノックの音に寄って震える聴覚で判断出来る。今回の来客者はスマッシュ戦士らしい。しかも二人だ。 「入りたまえ」 穏やかな口調で入室許可をすると、扉はゆっくりと開かれた。 「失礼します」 扉の向こうに立っている二人が軽い角度で頭を下げた。騎士の鎧にマントを羽織った、青と赤の青年。青の髪がマルスで、赤の髪がロイと言う名を持つ。 二人は新たな書類を大事に両手で抱えながら部屋へ入った。 「大臣、おはようございます」 「おはよう」 「先月も特に問題なく、我々の戦力も絶好調でした」 マルスが誇りのある笑顔で報告し、ロイと共に大臣の目の前へ書類をそっと置いた。置いた後は揃って一歩後ろへ下がり、もう一度、今度は入室時よりも深くお辞儀をした。 「今後も王様達の期待を裏切ぬ様、精を尽します」 「ああ、頼むよ」 ロイがマルスと共に頭を下げながら伝えると、大臣は優しく、どこか威圧感も含まれる声で返事をした。 二人が渡した書類には、リーダーであるマリオが正直に書き留めた戦士の戦力、レベル、敵の潜入数等、スマッシュ戦士に関する一ヶ月間の情報が全て記載されている。それをマルスとロイが厳重保管し、約束の日には必ず大臣のとこへ報告しなければならない。今日がその約束日である。 普通はここで二人は部屋を出、大臣が書類をより凝らした目でチェックするのだが、今回二人は中々退室しないのだ。違和感を覚えた大臣は書類から二人へ目線を切り替えた。二人は互い顔を見合わせていて、話すべきか否か、躊躇いの色を浮かべている。何か言おうとしているのだなと大臣は見抜いた。 「まだ私に何か用かね」 話し掛けてみると、二人は彼を待たせている気がした様で慌ててこちらを向き、確りした姿勢へ直した。二人は念のため一度目を合わせ、ロイが口を開いた。 「大臣、一つお聞きしてもよろしいですか?」 「何だね」 「大臣の名前は『クレイジー』ですよね」 「そうだが」 続いてマルスが口を開く。 「……先日、我々は疑問を抱いたのです、何故大臣の名前がクレイジーなのだろうか、と」 「……」 大臣は険しい表情を作り、目を伏せた。何かを思い出し、それにグッと堪えている仕草。マルスとロイは不味い事を訊いてしまったと感じ、意思表示する為に深々と頭を下げた。フッと開眼した大臣は、良いと掛けた。 「いつかそう来るだろうと思っていた、戦士達の様子を見ればな」 「とんだご無礼をお許しください」 「良いと言っておる。私も実は自分の名前は気に入らなかったのだ」 「大臣もですか?」 意外に思った二人は顔を上げ、目を丸くしている。 大臣は直ぐ後ろにある、透き通った硝子窓の外の中庭を眺め、語り始めた。 クレイジー。直訳すれば『狂気』だ。大人しくて寛大な大臣が何故この様な名を付けられたのか、スマッシュ戦士の大半は不思議に思っていた。それは無理も無い。現在クレイジーの過去を知る者は、孤独だった幼きクレイジーを救った王とその息子だけなのである。 クレイジーは子供の頃、両親に捨てられたと言う。母親の腕に抱かれながらそのまま眠りに落ちていたが、その温もりが消えてから、スマッシュ王国の城下町の入り口近くに置き去りにされてしまったことに気付いた。そして、いつまで経っても、両親は戻ってこなかった。 彼は一枚しか衣服が無く、必死で寒さと空腹と戦いながら野宿をしていた。 自分の服につけられている古めの名札には『Crazy』と書かれていた。その所為で、町を歩くだけでも町の人達から毛嫌いされ、根拠の無い噂を聞いた小さい子供達からは、石を投げられたりと、いじめられていた。 「狂人!」 「お前は人を殺したことがある、狂った奴だって聞いたぞー!」 「クレイジーな奴は町から出ていけ!」 自分の名前の意味もまだ知らないほど幼い彼には、全く理解出来なかった。自分は何もやっていないし、狂った記憶も無い。何故皆嫌うのか。自分は、彼等と只仲良くなりたい。それだけなのに……。 訳が分からないまま石を投げつけて来る子供達から何としてでも逃れようと、路地裏へ身を潜めた。追って来る気配が無いと分かると、その場でしゃがみ込み、泣きじゃくった。 そこへ路地裏を覗き込んで来る男女がいた。中年と見られるその二人は少し貧乏そうな服を纏っている。 「可哀想に、何故この子をいじめるのかしら」 クレイジーは震えながら彼等を睨んでいた。だがその者達はそれには怯えない。離れるどころかこちらへ手を伸ばし、頭を撫でてきた。 「私達、まだ子供がいないわ。あなた、この子を引き取りたいのだけど」 「君がそう言うのなら構わんよ」 「ありがとう。じゃあ、おいで、坊や」 優しく手を差し延べてきた。クレイジーは、漸く救いの手を見付けた。優しく温かい夫婦に囲まれ、彼等の為に生きていく希望を持てたのだ。 しかし、事件は数ヵ月後の深夜に訪れた。 クレイジーは、その夫婦を殺してしまったのだ。 騒ぎに駆け付けた一人の男が見たものは、荒らされたとある家の中で、夫婦が揃って倒れているのと、クレイジーが握っている、鋭利な果物ナイフ。男は急いで夫婦の脈を測ったが、既に息絶えていた。振り返れば、無言で立ち尽くしている一人の少年。 異常だと見たその第一目撃者は、彼をこの町唯一の病院へ連れていった。そして、診断の結果は直ぐに明らかになった。彼は二重人格者だったのだ。穏やかな人格と、猟奇並に殺人を犯す狂った人格を持っていた。 それで最初の人格に戻ったクレイジーは、拾ってくれた二人の遺体を見て泣き叫んでいた、彼等は誰に殺されたのだと思いながら。泣き喚く後ろ姿を辛く見守るその男──第一に発見した男──には分かっていた。彼等を殺したのはこの子本人では無い、この子の中に潜む魔物なのだと。 そこへ、ある提案を思い浮かんだ。クレイジーの側まで歩み、後ろからそっと話し掛けた。 「僕の城へ来ないか?」 そう優しく語り掛けると、クレイジーは苦しみながらも泣き止み、涙で濡れた顔をその男へ向けた。 「僕の父上はスマッシュ王国の誇り高き王なんだ。そして高度な魔法使いでもある。僕を信じて。きっと何とかしてくれるから」 「……」 クレイジーは不信な目で彼を睨んでいたが、彼の差し出す手は確りと握っていた。 「そうか、この子が……まだ幼いではないか」 王の間は大変豪華で、それに圧倒されたクレイジーはぽかん口だった。 「王様……いえ、父上、息子の我が儘だと思って一つお願いが」 「何だ」 「彼の人格を一つ、永久封印して頂きたいのです。このままでは彼が哀れで仕方がありません。出来る限りの事情を聞いて分かったのです。罪の無い人、そして、この者の無実の人格を傷付けられる姿を見るのは、私も……」 「うむ、私も今そう思っていたとこだ。そち、こちらへ来るが良い」 王が手招きすると、クレイジーは、恐る恐る歩み出た。王の前で膝を付く。王は彼の額に人差し指を当てた。スッと目を閉じると指先から小さく黄色い光が放たれた。それはどこか温かくて、クレイジーも心地好く目を閉じた。数秒後に額から指が離れ、両者は目を開いた。 「これでそなたの欠けた人格は完全に封印された」 王の言葉に、幼い彼はキョトンとした。 「息子よ、毎晩の偵察、ご苦労であった。私は誇りに思っておる」 「はっ……しかし……」 「死への悔やみは皆同じだぞ、忘れるな」 「……はい」 町の人と同じ容姿をしているその若者は王の息子で、夜分城下町偵察部隊隊長でもあった。その王子はマスターと名乗り、その世代の王に与えられた指令に従い、偵察部隊副隊長を隊長に昇格させ、これからは彼の面倒を見る事になった。 二重人格とは言え、クレイジーには人を殺めた罪がある。それの償いも込め、クレイジーはマスターの下で懸命に働いた。 共に成長し、王はやがて死に、マスターが王の権力を引き継ぐ事になった。 王家の墓の隣には、小さめだが立派な墓が建てられていた。幼いクレイジーを拾ってくれた、二番目の両親が眠っている。 「……父さん……母さん……」 全てを知り尽したクレイジーは、小さな墓の前で頭を下げる。 「……ご免なさい、本当にご免なさい。けれど、今でも私は、貴殿方を愛しています」 「……」 マスターはクレイジーをジッと見つめた後、話し掛けた。 「クレイジー殿」 「はい」 「良かったら、私の国務大臣にならないか?」 「えっ……」 「私はそなたを一番に信頼している。だから、これからも私の側にいて欲しいのだが……ダメだろうか?」 「い、いえ! 私で良ければ……光栄です」 クレイジーはマスターの前で片膝を付き、深く頭を下げた。マスターは喜ばしい笑顔を見せた。 「そして、今に到っておる」 大臣は二人を例の墓の前まで連れてきた。少し苔が目立つが、それを除けば、立派な墓石である。 「……そんなに悲しい過去があったのですね……」 マルスとロイは悲しい目をし、墓の前でお辞儀をした。 「……同情してくれているのかね?」 「我々も、苦しみや悔やみを嫌と言う程味わってきたもので」 「そうであったな」 「きっと大臣を育ててくれたご両親は、天国から貴殿を愛し、見守っておられるでしょう」 マルスは微笑んで言う。 「大臣の立派な姿を誇りに思っていますよ」 「ありがとう、マルス殿」 暫し沈黙状態が続いた後、大臣が先に口を開いた。 「……訊かんのかね?」 「!」 二人は素早く顔を上げた。 「訊くって……何を……」 「私の過去を聞いて、なのにこの名を未だ変えないのは何故なのかと」 「……」 僅かだが動揺している。大臣は見逃さない。フウッと息を吐くと大臣は答えた。 「私はこの名は気に入らなかったと先程言ったな」 「はい」 「だが私はもう、この名前が嫌いではなくなったのだ。傷を背負って生きるのは誰もが同じ。だが、もう私の様に狂った者が二度と現れんで欲しいと、この名前に願いを込めておるのだ。私の命が尽きても、この名前を誇りに思うだろう」 「……大臣は、傷を持ちながらも、本当にお優しい方なんですね」 ロイも大臣に微笑んだ。それに大臣はワザとしかめる。 「何だ、私は鬼だと思っておったのか?」 「い、いえ滅相も!」 「我々も誇りですよ、大臣」 焦るロイをかばう様にマルスが付け足した。さようかと大臣が言うと、笑いの空間が響いた。 ──to be continued── |